コドモのおはなし

2007年6月20日 (水)

子どもは塾を辞めました。そして私は・・・





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 ここのところ関東地方は真夏のような暑い日々が続いています。梅雨入りしたはずなのに、どうしちゃったんでしょうか。

 さてきょうは、子どもが塾を辞めたという話です。
 塾を辞めたのは先月末のことでした。

 私はかねてから、自身に塾通いの経験がないため、塾そのものに懐疑的な気持ちを持っていたということをこの blog で書いてきました。
 とはいえ、そういう背景があったために塾を辞めたことを歓迎しているという意味ではありません。

 私は、できれば子どもには塾通いを続けて欲しいと思っていました。え、塾通いに懐疑的だったのになぜ?と思われるかもしれません。
 とは言うものの、私がこの歳になって MBA 履修という「お勉強」をしていることとも合わせ、塾というなかば非日常的な場で勉学に励むのも悪くないかな、というふうに思うようになっていました。

 でも、ある日子どもが我々親に向かって言ったのです。「塾の勉強は楽しいよ。でも、家族みんなといる方がもっと楽しい」と。
 私はそこではっと気付きました。そうだ、大切なことを忘れていたなと。そして、やはり当初考えていたように、私の気持ちに間違いはなかったんだと。

 むろん、今では塾そのものを否定するつもりはありません。ただ、週三回お弁当を持参してまで夜間の授業を受け、そして遅い時間に帰ってくるという生活には、いささか奇異な印象を持っていたのも事実です。
 そんな時間の代わりに家族で夕食のテーブルに就くこと、あるいは食事でなくても一緒にいることそのものがいかに大切かを、子どもの言葉から教えられたような気分でした。

 私は迷わず、「退塾届」に判を押していました。

 勉学は大事だと思います。でも、私のような歳になっても勉学はできるんです。今は何かに興味を持ってもらうこと、これがいちばん大切なんだなと今さらながらに感じています。

 繰り返せば、私は塾通いを否定するつもりはありません。しかしながら、家族のだんらんというものについてもっと考える、あるいはそれを実践する時間があってもいいじゃないか、と思います。

 で、タイトルの「そして私は・・・」の部分については、次のエントリで。







2007年5月15日 (火)

子どもを手放す親の気持ち?





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 きょうは、いくつかのショッキングなニュースがありました。その一つを取り上げてみたいと思います。

赤ちゃんポストに男児、長官「遺憾なことだ」- 事件ですのニュース:イザ!

 熊本市の慈恵病院が設置した「赤ちゃんポスト」(こうのとりのゆりかご)に3−4歳の男児が預けられたことについて、塩崎恭久官房長官は15日午前の記者会見で、「親は子供を育てるという義務もある。あってはならないことで、大変遺憾だ」と述べた。

 「赤ちゃんポスト」については、私はあえてここでその是非を論じることはしません。「そんなものがあってはならない」という主張も納得できます。対して「必要だからそういうものが設けられる(べきだ)」という主張も、諸々の事情を考えると理解できなくもありません。

 しかしながら、「赤ちゃんポスト」の開始早々3歳の子どもがそこにいわば置き去りにされることを予想できたでしょうか。
 いや、おそらく予想じたいは可能だったと思います。ただ、あまりに親の性善説を頼りにし過ぎていたところは否定できないと思われます。

 いろんな憶測は可能なはずです。あくまで「例えば」の話をすると、この子は親や親類から虐待を受け続け、殺される寸前にまでなったときにそれはさすがにしのびないと思って親が置いていったとか。
 でも、これはあくまで憶測に過ぎません。そして、これ以上憶測を重ねるのもたぶんここでは無意味でしょう。

 我々は、少子高齢化の話をする際、「親」としての立場で話をします。それは当然です。そうするしかできないからです。
 しかしながら、子どもとしての立場で仮に考えることができたとしたら、こんな3歳くらいで捨てられるような社会に生まれてきたいと思うでしょうか。

 いや、捨てたのは親の方で、とうぜん親が最も責められるべきだと言うのは簡単です。でも、あえて語弊を恐れずに言えばケーザイ学で生産と消費とが補完関係にあるように、子どもがオギャーと生まれてくることと親がする育児との間にもやっぱり補完関係があるべきで、そうでないと「社会」は壊れてしまうと思うんです。
 けして、親の身勝手やなんかで子どもが生まれてくるんじゃないんだと。

 わが子の話をすると、ちょうどわが子が3歳の終わり頃、腸重積という症状を患ったことがありました。
 そのとき最初に診てもらった医師は「ただの腹痛だろう」と、胃腸薬を処方するだけでわが子を返しました。しかし、祖母、私からすると義母が、わが子の苦しみ方が普通じゃないと判断し改めてきちんと診察するようにと医師に強く迫ったのです。その結果腸重積であることがわかったため、わが子は3歳という幼さで入院することになりました。
 当時のことを考えると、わが子が危機的な状況にあったこと、そして義母の的確な判断によってそれが救われたことが強い印象を伴い想起されます。そして、そこに家族の強い愛情があったことを理解できます。
 もちろん、今年 11 歳になるわが子も、当時のことをよく覚えています。

 子どもたちが、しかし、そうした愛情を注がれることさえままならないとなると、親としては産みたくない、子としては生まれてきたくないという結論に至るのは仕方がないのかもしれないとさえ思えてきます。
 「赤ちゃんポスト」に3歳の子どもを置き去りにした親はどういう気持ちだったのでしょうか。私はどうにも推し量りようがありません。







2007年2月25日 (日)

子どもが塾を辞めたいと言った、その理由は?





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 先日、わが子が塾から泣きながら帰ってきました。いわく「塾を辞めたい」とのこと。
 元々学習塾反対派だった私(ちなみに、小学校高学年の頃に英会話塾には行ってました)としては、まあ気持ちもわからなくはないと思いつつ、「続けることも大切だよ」と諭してみました。
 そうすると、子どもは「だってパパやママと一緒にいる時間が少なくなってしまうもん」とさらに泣きました。う〜む、これを聞いて考えさせられましたね。
 わが家は共働きということは、以前のエントリでも触れた記憶があります。

 最近、わが子は塾の中でもクラスのランクが上がったため、16:30〜20:30 という長丁場に挑んでいます。その間の夕食の時間には、ちょうど職場から帰ってくる妻がおにぎりをこしらえて塾に届けに行きます。そうして 20:30 になったら妻か私のどちらかが迎えに行くというスタイルです。
 とはいえ、私は最近はシゴトが忙しくてなかなか早くに帰れず、お迎えはほとんど妻に任せっきりでした。そして、私が帰った頃にはもう子どもは寝ているという状況が長く続いていました。

 ここには、いくつかの問題があるかと思います。それを2つ3つ挙げてみることとしましょう。

  • そもそも、そんなに長い時間(間に夕食を挟んでまで)塾に通うことは負担ではないか?

  • 塾は、基本的に専業主婦世帯を対象としたサービス提供形態になっているのではないか?

  • (塾に直接の関係のないところで)企業労働者の負担増が深刻化してきているのではないか?


 これらを一つ一つ論じるにはスペースが足りないと思うので、機会があったときに別のエントリで書くこととします。
 しかしながら、我々夫婦が日頃から薄々感じていた上記のような問題が、子どもからの訴えによって顕在化したと捉えることができるかと思います。

 新しいマンションも、子どもはたいへん気に入ってくれています。だからこそ、一日のうちそこで過ごす時間をできるだけ長くしたいと思っているようです。
 それも、家族がみんな一緒ならなお良いと。

 まったく、教育というのは難しい問題です。学校、あるいは塾のクラスの中で競争させ、より良い成績を取るようにけしかけ、それからどうしようと言うのでしょう。
 私は、率直に言えば「それは違う」と思うんですね。むしろクラスの中ではお互いにいいところ、あるいは悪いところを認めたり指摘したりし合いながら、共に成長していくのがクラスのクラスたる意義なんじゃないかと。

 大人になりゃ、競争すべき相手なんて外にいくらでも見つかりますよ。
 それまでの間にどれだけ多くの人と信頼関係を築けるか、それもどうやって幼いうちからそれをやるか、そして、どうやってそのスキルを身につけるかということが、小学生くらいの頃はとても大切だと思うんです。
 子どもたちが成長し、将来ビジネス的に競争をしなければならない場面に遭遇するとしても、逆に頼りにできる人をどれだけ獲得できているかによって勝負の結果も違ってくるはずなんですね。

 ところが、学校では表面だけの「結果平等」を求め、反対に塾では熾烈な競争を強いられる。これでは子どもはどうすればいいかわからないですよ。
 人を注意してばかりの学級委員タイプと、ちょっとお勉強はできないけど気のいいタイプとどっちがいいかと言われれば、後者であることを否定する人はごく少数派に違いありません。
 私は、わが子には将来力になってくれそうな知己たちを今のうちにより多く見つけておいて欲しいと願っています。だから、そのために学校だけでなく塾にも行かせることを承諾しました。競争することだけに意義を求める塾なら、そんなものには行かせません。

 ・・・ということを、子どもに説明した上で、もう少し続けてみては?というアドバイスをしたところ、わが子も納得してくれました。でも、ムリしなくったっていいんだよ。人生は勉強の連続だからね。パパだって、40 歳を過ぎても大学院に通って勉強してるんだからさ。







2007年2月 3日 (土)

恵方巻きの習慣は、どこから来て、どう広まったか





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 ほんのこの間正月だったかと思えば、もう節分、そしてバレンタインデーの時期となりました。

 まったくの余談をさせていただくと、私はきょう 2/3、わが子のピアノ発表会に付き合っていました。大きな音楽教室(ヤ○ハとか)じゃなくて街の個人教室の発表会なのに、ホールはほぼ満席でした。
 演奏する側の子どもたちも、どちらかと言えば女の子の方が多いように感じられるとはいえ、男の子も少なからずいます。一種のブームなんでしょうかねぇ。
 今の我が家のマンション部屋にも、電子ピアノが置いてあります。練習曲が難しくなってくると、中途半端な大きさのものでは鍵盤が足りなくなってしまうんですね。ピアノを弾かない私はそういう事実を知って驚愕したものです。

 節分と言えば、豆まきと「恵方(えほう)巻き」です。そう、吉とされる方角に向かって太巻を黙って食するという習慣です。これをやれば無病息災を期待できるとか。
 私の感覚では、今住んでいる首都圏で恵方巻きの習慣がポピュラーになったのは、ここ数年の間の出来事と思っています。ご存じの方も多いという前提で、恵方巻きの習慣は関西地方が発祥とされています。
 実は私、社会人になって間もない頃は関西に赴任していました。また、妻が関西人なので、恵方巻きの習慣はずいぶん以前から知っていたつもりです。(ただ、進んで実践していたわけではありません)

 恵方巻きについてネットでいろいろ検索してみると、面白い傾向を見つけることができます。
 それは、すし類を販売しているチェーン店、具体的には先般大手レストラン企業の資本参加を受け入れたあそことか、あるいはコンビニ、具体的には開いててよかったところとかが、それぞれ「自分たちが恵方巻きを全国に広めた」と主張してはばからないことです。

 いやいや、言ったモン勝ちってところなんですかねぇ。でもやはり、テレビなどによる伝播の影響も捨てがたいでしょう。あるいは今の時代、ネットで広まったということも考えられなくはありません。

 ちなみに、恵方は年によって変わります。今年の恵方は「北北西」だそうです。
 無病息災を願うための習慣は、いろいろ調べてみると興味深いものをいたるところで見つけることができるかもしれませんね。







2007年1月27日 (土)

子育ての苦悩





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 皆さんの中には、子育てについていろいろお考えの方もおられるかと思います。関連するニュース記事を見つけましたので、ちょっと引用してみます。

止まらない少子化:変わる子育て 孤立する母親に強いストレス−子育て:MSN 毎日インタラクティブ

 ◇「育児の相談相手いない」増加/「親子で生活時間同じ」傾向も−−原田・大阪人間科学大教授が分析本

 1980年と、2002〜04年の2回にわたり、子育て中の母親を対象に大規模な調査を実施した原田正文・大阪人間科学大教授(精神医学)がその分析結果を「子育ての変貌(へんぼう)と次世代育成支援」にまとめ、出版した。約20年間に子育て意識や環境の変化について、原田教授は「母親たちは孤立し、非常に強いストレスを感じている」と指摘する一方、「親の生活スタイルに子どもを従わせようとする傾向が強まっている」と分析している。

 ちょっとだけ話を変えます。

 私が行っている会社のグループ全体で「人権標語コンテスト」なるものがありました。そこでの入選作に「子は親の敗者復活戦ではない」という作品がありました。
 なんとなくどこかで見たようなフレーズという点はさておき、子どもの虐待などの事件に遭遇すると、子どもの人権が軽視されているところはじっさいあるんだろうなあと思わされます。

 でも、突き詰めればそれは、親の「思い通りにならない」という気持ちにたどり着くと思うんです。

 思えば、私のこれまでの一生は思い通りにならないことばかりでした。大学だって、本当は国立に行きたかったのに私立になったり、事務系のシゴトがしたかったのにエンジニアになったりと、まあいろいろです。
 しかし、今となってみればそれらは全て人生の糧になっています。もちろん、今に至るまで辛抱したとかそういう大層なことは考えも及びませんでした。もともとこらえ性のない性格でしたし。

 そして、そういう人生のところどころでクサってた私を暖かく見守ってくれた両親にも本当に感謝しています。

 ところが、今では思い通りにならないことって、少なくとも消費生活においては実はあまりなかったりするんですね。ニンテンドー DS Lite だって、ちょっとだけ待てば割と簡単に手に入ります。あるいは定価よりも少し余計にカネを積めばすぐにでも買えます。
 そんな生活に慣れた人たちがいきおい子育てを始めるとなると、さてどうしたら良いかわからない。子どもなんて、思い通りになる場合の方がむしろ少ないでしょう。そんなときでも接してあげなければなりません。まさに戦いですね。

 昔は、両親、つまり子どものおじいちゃん・おばあちゃんとか、あるいは近所のおばちゃんとか、その戦いに加勢してくれる人がいっぱいいました。今ではなかなかそうもいきません。
 でも、いわゆる核家族の歴史って、実はそんなに新しくはないんじゃないでしょうか。ちなみに、私も核家族育ちです。

 ですので、子育ての相談相手がいないことが少子化の直接の原因というのには、「ちょっと違うんじゃないかな」という気がしてならないんですね。

 じゃあ、何が悪いか。
 少子化が悪いかどうかじゃなく、いったいぜんたい何が悪いのかということを考えた時に、ちょっとムズカシイ言葉を使えば「コミュニケーションの希薄化」ということを感じるんですね。
 で、なぜそれが起きるかと言えば、まさに「思い通りにならない」からなんですよ。そう、子どもと相対する時の態度と同じですね。大人同士の人付き合いでも同じことを考えてる。
 人生って、思い通りにならないから楽しい、思い通りにならないから一生懸命やる、それが「生き様」ってやつじゃん、と考えている私は古いヤツなんでしょうか。

 こんど小学5年になるわが子は、最近は口ごたえをすることも多くなってきました。そんなときに妻はいちいち金切り声を上げています。でも私は「まあいいじゃん」と思っちゃうんですよね。
 子どものくせに一所懸命自己主張しようとしてるなんて、かわいくてしょうがないじゃあないですか。

 まあ、日本社会は自己主張の強いやつを叩くという傾向は半ば伝統的にありましたから、わが子がこのまんま大人になれば損をするだろうなという気はします。しかしながら、トンがったやつらにとってもう少し住み心地の良い未来になってくれたらとも願うんですね。

 育児については書き始めると止まらなくなるのでこのへんでやめときます。なんだか尻すぼみなエントリになってしまいました。気が向いたら続きを書きます。







2006年12月 7日 (木)

戦場のハッピーバースデー





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、今週末の引越しを控え、わが家は今まさに片付け作業の真っ最中で、家の中は戦場と化しています。こんなときに場を仕切るのはだいたい女性と相場は決まっているみたいです。(笑

 そんな中、きのう 12/6 はわが子の 10 歳の誕生日でした。誕生日のプレゼントは携帯電話です。
 実は、わが子はこの年末、学校の冬休みが始まると同時に一人で田舎に帰省する計画を立てているんですね。
 そんなことを考えるところに意外なたくましさを感じつつも、まだまだ頼りないと思えるわが子にケータイを持たせることとしました。

 あとは手作りの手巻き寿司と、月並みですがバースデーケーキでお祝いです。わが家は私も含めてみんな甘いものが大好きです。(笑

 ほんのこの間まで赤ん坊だと思っていたわが子がもう 10 歳だなんて、大きくなったものです。
 昨今よく、親の虐待によって子どもが短い命を終えたというニュースを耳目にするたびに心が痛むものですが、わが子はよくぞここまで育ってくれたと思います。

 10 年なんてあっという間ですね。
 これからは、やがてわが子も恋をし、そして巣立っていくのでしょう。それまでは一緒にいてね。







2006年10月24日 (火)

「ママ起きて、何かちょうだい」と泣き叫ぶ声





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうは私がひどく心を痛めた事件について触れておきます。どうしても、これについては気持ちを吐露しておかねばならないような気がしました。


京都新聞電子版 - 相談所、虐待見逃す 長岡京幼児死亡 民生委員通告、緊急性なしと判断

 長岡京市の佐々木拓夢ちゃん(3 つ)が自宅で、父親と同居中の女から虐待を受け死亡した事件で、京都府京都児童相談所(児相)が毎日のように拓夢ちゃんの泣き声を聞いて危機感を募らせていた近隣住民の声を全く把握していなかったことが、23日に分かった。

(中略)

近隣住民は夏ごろには、すでに拓夢ちゃんが「ママ起きて、何かちょうだい」と泣き叫ぶ声を聞いていた、という。

 なんという痛ましい、そして悲しい話なんでしょう。拓夢ちゃんが飢えに苦しみながら母親に食べ物をせがんでいた光景を想像すると、涙が出そうになります。
 そんな拓夢ちゃんも、やがて衰弱して苦しみの声を上げることすら叶わなくなり、そして死んでいったのかと思うとなんともやりきれない気分になってしまいます。

 子を持つ親の身としては、この非情な親たちは憎んで余りあるという気持ちで一杯なのですが、子は親を選べません。だからこそ、子どもが頼りにできるのは親しかいない。ましてや、3歳という年齢ではなおさらです。
 そんな弱い立場の子どもを、苦しませながら死に至らしめたこの親には、できることなら同じ苦しみを味わわせてやりたいとさえ思います。

 また、近隣住民の人たちが児童相談所に通告していたにもかかわらず、拓夢ちゃんを救うためのアクションを起こせなかった行政の責任も厳しく問われるべきでしょう。
 法で虐待の通報の義務を課しておきながら、肝心の行政がこれでは、住民は虐待に遭遇したときにどうふるまえば良いのかわからなくなってしまいます。

 虐待、あるいはいじめによる自殺など、若い、もしくは幼い命がないがしろにされる事件がこのところ目立っているように思われます。
 私がわが子に、あるいは近隣の子どもたちにしてやれることと言えば実はそんなに多くないのかもしれません。でも、私は子どもたちを守ってあげたい、信じてあげたい、と思います。







2006年9月27日 (水)

妻が突然「実家に帰る」と言い出して





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、たいへんなことになってしまいました。子どもの教育を巡る意見の相違と、MacBook を新たに買いたい私の主張が受け入れられないとの理由で、ついに妻がタイトルのようなことを言い始めて・・・。

 というのはウソです。(笑
 実は、わが家は盆と正月はいつも妻の実家に帰省していたんですね。なぜかと言うと、私の実家は小さいので、以前私が使っていた部屋はもう物置になっていて、居場所がなくなってしまっているんです。
 じゃあ仮にホテルを使うとしても、盆や正月は高いですし。

 そんな久しく帰ってなかったわが実家に、今週末ちょっとだけ家族で帰省することになりました。私の両親も孫の顔を見たがっていますし。
 そして、そろそろ秋の味覚も楽しみです。(笑
 ただし、実家物置状態は相変わらずですので、安いシティホテルを予約しました。

 ということで、今回はちょっと早めの週のなかばにエントリを書いています。たぶん、来週までエントリは書かないと思います。
 では、行ってきます。私の実家だから妻に好き勝手はさせません。(謎







2006年9月15日 (金)

学習塾に通い始めたわが子





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうのお題は、子どもと学習塾(以下「塾」と書きます)についてです。
 ここ2週間ほど、わが子は週2回のペースで塾に通っています。実は、今は無料お試し期間なんです。(笑)だから、親である私としても抵抗なく(?)行かせることができます。
 初めて塾に行く前はわが子もちょっと緊張していたようですが、塾に行ったらいつも昼間に学校で顔を合わせている友達たちと再び顔を合わせられて楽しいと言っています。
 勉強も、学校のそれより先行しているところもあってときどき戸惑うことがあるようですが、新しい知識が入ってくるのが楽しいそうです。

 できれば、お試し期間が終わった後も塾に通いたいとのこと。こりゃまた住宅ローンに加えて家計の負担が増えますなぁ。(笑

 でも塾では、休み時間になると生徒たちはみんなケータイでゲームに興じているそうです。そのため、わが子は休み時間の話相手がいなくてつまんないと言っていました。私も、これはどうかと思いましたね。

 また、塾の勉強が面白くなってくると、学校の勉強がつまらなくなるのも心配です。じっさい、わが子の同級生でも塾のテストの成績は良いのに学校での授業態度の悪い子がいたりします。

 「教育格差」というコトバをときどき耳目にします。世帯の収入の差によって教育の程度にも差が付くと。でもこれは、学校教育の質の低下という問題も見逃せないと思うんですね。
 私の少年時代は、塾に通っている同級生はごく少数派でした。私も、英語塾以外は通ったことがありません。でも、いちおう大学を出られましたしねぇ。
 そう、昔の教育は、詰め込みだナンだと言われていても、やはりその質も密度も高かったんだと改めて思うんです。

 それに比べると、今の小学校の授業は、例えばわが子の場合でも、一日に体育の授業が3時限もあったりするんですね。遊んでるんじゃねぇぞ、と思うのですが、どんなモンなのでしょう。
 それも、子どもたちの要求で時間割が変わったりもするそうです。なんかヘンですよね。

 勉強に必死になるのもどうかと思いますが、じゃあ勉強させなければ良いという問題でもないはずです。もう少しバランスの取れた学校教育はできないものかと、親としても悩ましいところです。







2006年9月 9日 (土)

ダメパパ日本一!?





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうは MBA のオリエンテーションに行ってきました。早速共に学ぶ仲間たちと一言二言話を交わしていい気分です。

 で、全然関係ないのですが(何)、ちょっと気になったニュースを取り上げてみます。

ダメパパ日本一は中村獅童 夜遊び影響、ネット調査で - イザ!

 「理想のママは黒木瞳、だめパパは中村獅童」−。マーケティング会社ブライト・ウェイ(東京)が7日にまとめた有名人の子育てイメージに関するアンケートで、子育てと仕事を両立させる理想の母親に女優の黒木瞳さんが選ばれた。一方、子育てに不熱心な父親では歌舞伎俳優の中村獅童さんが1位となった。

(中略)

 ・・・中村獅童さんは夜遊びと酒気帯び運転事故が響き、子育てに不熱心な父親に選ばれた。調査は8月に、子育てに関するインターネットのホームページで実施。30歳前後の女性を中心に289人から回答を得た。


 う〜ん、もちろん酒気帯び運転事故はイカンことだとは思うのですが、それだけを見て「子育てに不熱心」と果たして断言できるのかどうかは激しく疑問の残るところではあります。

 私だって、最近はやってないですが、以前はクラブで DJ プレイをしたこともありますし。あ、もちろん子どもが生まれてからの話ですよ。
 でも、自慢するわけではないのですが、例えば土曜の晩にいわゆる「午前様」まで遊んだ次の日曜の朝は8時に起床して、10 時には家族を連れて出掛けるなんてこともやってました。いやあ、シンドかったっすよ。

 きっと、中村獅童さんも同じような苦労をされてるんじゃないかなぁと思うんですけどねぇ。

 まあしかし、おそらく、獅童さんが事故当時に他の女性と一緒にいたとされていることが世の女性たちにとっては我慢ならなかったのではないでしょうか。
 そのあたりは、もう少しうまくやるケジメを付けるべきだったでしょうね。

 妻子持ちでも女性にとって魅力的なオトコというのはいるものです。獅童さん、それにはなれなかったということですね。うむ、実に残念です、と単調なトーンで主張しておくこととしましょう。(謎
 でも、子どもはしっかりとパパを見ていますよ、ホント。むしろ、厳しい衆目を集めている今より後が真価の試されるときなんじゃないかと。
 例えばの話ですけど、衆目のジャッジと正反対の虚勢をいつまでも張り続けるような子どもを育てるなんてことにはならないようにすべきでしょうね。







2006年9月 2日 (土)

えっ、『頭のよい子が育つ家』とな!?





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうは首記の話題について。二重カッコでくくってあるとおり、書籍の紹介です。
 何だか物議をかもしそうな予感。
 アマゾンのページを見てみると、しかし、けっこう興味深いことが書いてあったりします。
 ちょっと内容紹介から引用してみましょうか。

 頭のよい子は、「立派な子ども部屋」の中では育たない! 難関中学合格者は、みんな、ダイニングテーブルやちゃぶ台で勉強していた!
 住宅コンサルタントが受験生を子どもに持つ数百の家庭をリサーチして浮かび上がった「頭のよい子が育つ家」の法則は、あっと驚く意外なものでした。
 子どもの家庭教育で一番必要なのは、立派な個室よりも、家族との豊富なコミュニケーション。豊かなコミュニケーションを通じ、「言葉」という脳の OS を整えてはじめて、子どもはさまざまな勉強ができるようになるのです。


 「脳の OS」とは、こりゃまた大層な。(笑

 本のタイトルからすると、最近よく聞かれる、所得格差が子どもの教育格差につながるという言説のアンチテーゼのように取られるかもしれませんが、じゃあウチもちゃぶ台で勉強させるぞ!・・・じゃなくって、肝心なのは親子間のコミュニケーションなんですよね。
 近くにいれば、子どもが疑問に思ったことにすぐに答えてあげられる。また、親の方だって、子どもが勉強している内容を見て、昔を思い出したり、あるいはもしかしたら改めて新しい発見をしたりなんてこともあるかもしれません。

 親子間のコミュニケーションは、基本中のキホンということなのですね。

 まあ、昔の親なら「子は親の背中を見て育つ」なんて言ったものでしょうが、日中のストレスを経てクタクタになって帰ってきた私が子どもに見せてやれるような立派な背中はありませんから、だとすればせめて話をきちんと聞いてやろうとは思っています。
 でも、帰ったときに子どもが宿題をやってて、わからないで困っているところにコッソリ助け舟を出してやると、きのうのエントリでも登場した妻がオコるんですよ。(笑

 思春期のお子さんをお持ちのご家庭だと、親子間のコミュニケーションはなかなか難しいものなのかもしれませんが、やっぱりここでもちょっと昔のことを思い出してみるといいのかもしれません。
 ほら、何というか、恐れもない、しかし希望もない時期ってあったじゃないですか。そういうときに、ステレオタイプじゃない親のコトバって本当にありがたいモンなんです。少なくとも私はそうでした。

 自主性の尊重とコミュニケーションを図ることの両立ってほんとうに難しいです。これは何も親子間に限ったことじゃなくって、企業のような組織の中でも同じことが言えますよね。
 でも、だからこそコミュニケーションって大事にしたいと思います。そして、コミュニケーションの積み重ねを通じて、子どもなり部下なりがみずから将来のビジョンを見付け出してくれたらいいな、と。







2006年8月26日 (土)

わが家に小さなお客さんがやってきました。





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、夏休み明けの、長かったウィークデーも終えて、週末は一息つきたいと思っていたわが家に思いがけないお客さんがやってきました。

 それは、子猫の「トラ」くんです。


 聞くところによると、わが子が通う学童保育の子どもたちが、置き去りにされていたトラくんを近所で見つけて連れて帰ってきたとのこと。
 それ以来、学童の子どもたちの家庭が交代でトラくんの面倒を見ることになりました。今週末は、わが家が当番です。

 私は子ども時代に実家でウサギを飼っていたことがあり、妻はネコを飼った経験があるそうなのですが、どちらもずいぶん昔の話で、すっかり要領を忘れてしまっています。
 ですので、今回は悪戦苦闘が予想されました。

 でも、トイレの仕方やミルクの飲ませ方も子どもがちゃーんと学童でレクチャーを受けてきて、しっかりとやってくれています。そして、たまに囲いの外に出してやれば、まだ足元のおぼつかないトラくんはわが家の畳の上を一所懸命歩いてくれます。
 そんな姿を見ていると、実に癒されますね。

 実は、今住んでいるアパートはペット禁止なんです。ですので、「ニャ〜」という鳴き声が漏れて他の部屋の人にバレたりしないように(?)窓を閉めきって面倒を見ています。
 きょうはたまたま関東地方は涼しくてラッキーでした。

 こんど入居するマンションはペット OK なので、予行演習といったところでしょうか。
 でも、今回の機会をキッカケとして、わが子は間違いなくペットが欲しくなるでしょうね。まあ、以前から欲しい欲しいとは言っていたのですが、その要求がさらに強まることになりそうです。

 週明けにはトラくんは他のお家にお邪魔します。わが子はきっとさびしがるぞ。







2006年8月 3日 (木)

カゼを引いてしまいました。





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 いやあ、きょうの〜シゴト〜は〜つ〜ら〜か〜った〜

 実は、先週末に学童のキャンプに行っていて、しっかりカゼを引いてしまいました。ですので、シゴトから帰るともうクタクタ、blog も書けませんでした。
 というわけで、今週は実に長い一週間だったと思います。明日をこなせばやっと週末です。
 学童のキャンプは、ときどき雨が降ったり、夜は寒かったりしましたが、順調に終えることができました。高学年になったわが子は前泊で金曜日から行ってたんですね。いやいや、感慨深いです。

 夜は父ちゃん連中は大きめのロッジで集まって寝たのですが、一人イビキの音の大きなオヤジがいて夜中に起こされてしまい、それ以降朝まで熟睡することができませんでした。
 まったく、オヤジってなんでああなんでしょうね。まあ、私もオヤジなんですが(笑)。だからカゼも引いたりします。(謎
 実は私は、ロッジでもテントでも、家族以外の誰かと一緒に寝るのは苦手だったりします。まあ、どちらかと言えばインドア派でもありますし。(笑

 でも、キャンプは、学童の年間の大行事の中の一つです。これを過ぎれば、あとは冬に近くの公園で開かれるバザーがあります。子どもたちが伸び伸びと活動する様は見ていて本当にすがすがしいです。

 しかし、私がこういう思いをしているのとは逆に、例えば虐待によって子どもが傷を負ったり命を失ったり、あるいは先日はプールの吸水口に吸い込まれた女の子が死亡したという事件がありましたが、こうした報道等を見るにつけ、実に心の痛む気分にさせられます。

 子どもがつらい目に遭うのは、ひょっとしたら子ども・大人を問わず無責任な人、自分さえ良ければいいという人が増えたせいかもしれません。私も、その点について他人を責める権利はないと思っています。
 でも、学童の子どもたちと交流することにより、彼/彼女たちがすこやかに育ってくれればいいなと、そして、そのためには我々親世代の助力は欠かせないなという認識を新たにしたものでした。







2006年7月18日 (火)

子どもを守る隣近所の目





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうは、この blog には非常に重い話題かもしれませんが、どうしても触れなければいけない問題のような気がして、エントリを書くことにしました。

【関連】事故死一転、殺人に 県警初動捜査に批判 - Chunichi Web Press

■初動捜査「県警で検討されるべき」 国家公安委員長

 畠山鈴香容疑者が自らの長女殺害も自供し、事故死との見方を強めていた秋田県警の初動捜査のあり方が問われていることについて、沓掛哲男国家公安委員長は十八日の会見で「捜査に問題がなかったかについては、県警で必要に応じ検討されるべきだ」と述べた。

 当初事故死と言われていた畠山彩香ちゃん(当時9歳)が母親の鈴香容疑者によって殺されたのではというニュースは、非常にショッキングなものでした。
 そうした中で、上の記事のように地元警察の初動捜査を批判する声もけして小さくはありません。警察がちゃんと捜査をしていれば米山豪憲くん(当時7歳)も幼い命を奪われずに済んだのではないか、と。

 だがしかし、私はあえてこれに異議を唱えたいのです。

 鈴香容疑者は、彩香ちゃんが存命だった頃から彼女をひどく冷酷に扱っていたと言われており、それに関する近所の目撃譚も多くあるとされています。その中には、いわゆる「ネグレクト」が明らかに存在したとするものもありました。

 しかし、近所の人たちはそうした虐待(ネグレクトがあればもう立派な虐待です)を目撃していながら、なぜ児童相談所などに通報しようとしなかったのでしょうか。私はそれが実に不思議でなりません。
 虐待の通報は、児童福祉法・児童虐待防止法で「国民の義務」と定められているのです。

 非難を覚悟で極論をすれば、彩香ちゃんと豪憲くんの命を奪ったという疑義を掛けられているのは鈴香容疑者じしんなのですが、その原因となったかもしれないのは警察の初動捜査の遅れやミスなんかではけしてなく、隣近所の人々の無関心、「触らぬ神にたたりなし」という気持ちそのものだったのではないでしょうか。あるいは通報の義務という制度そのものを知らなかったか。
 そう考えると、実にやりきれない気分になります。

 こういうことを書く気になった理由について触れておくと、昨日 7/17、私はわが子が通う学童保育の子どもたちが近所の家に迷惑を掛けたという話を受けて、学童の周辺の世帯に挨拶回りを行っていました。
 ただ、学童の子どもたちに対して厳しいことを言う人はごく少数派で、大方の人(実は、この街でも例外なく高齢化は進んでいます)は「子どもはイタズラがシゴトだからねぇ」と好意的でした。
 そうした好意的な人たちは、もし子どもたちが目の前で悪さをしたり、あるいは隣近所で虐待を受けていそうな子どもがいたとしたら、少なからざる関心を払い、そして行動を起こしてくれるだろうということが期待できます。なぜなら、私の幼い頃の近所のお年寄りたちがまさにそうで、それと同じ「空気」を今の好意的な高齢者の人たちに感じることができたためです。

 しかし、子どものやることなすことに不平を言い、子どもの悪さを直接叱るのではなく遠回しに、例えば町内会などのルートを通じて圧力を掛けてくるような人(じっさい、上記の件で迷惑だと言ってきた人は、町内会に働き掛けて学童をツブしてやるとまで言っていたそうです)は、結局子どもたちと正面切って相対しようとしないばかりか、あるいは子どもが危機に瀕しているときでもけして助けようとはしないだろうと考えると暗澹たる気分になります。
 そういう人たちは、皆自分のことに手一杯で、これからの時代を担うべき子どもたちについて一切の責任を負おうとしていないのは明らかです。

 そんな無関心・無責任な層の登場が、第二、第三の鈴香容疑者を生み出さないかと私は心配でなりません。どうか、これが杞憂に終わってくれることを強く願うものです。







2006年7月 8日 (土)

お互い様かも・・・





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、今月のスマッチ!のお題は「隣人トラブル」です。

 そうですねー、私も一人暮らし、あるいはアパート住まいの経験は長いですので、思い起こせばいろんなことがあったように記憶しています。
 あるアパートでは、私が2階に住んでいて、階下の部屋にいた大学生クンが夜遅くまでギターを弾いていて耳障りだったことがあります。
 そんなとき、私は三段攻撃を仕掛けました。

  • できるだけ柄の悪い格好(派手なジャージとか)でイキナリ階下を訪れ、「おい、静かにせんかい!」とドスの利いた関西弁で注意する。火の付いたタバコを持っているとなおよい。

  • いったんは収まりますが、数日後にまた始まったときは音漏れで困っている旨を簡単に記した手紙を郵便受けに差し入れておく。

  • それでも止まらないときは、大家さんに電話し注意してもらうように伝える。夜中かどうかは関係なし。



う〜ん、順番が違うような気もしますが(笑)、まあだいたいはこれで収まります。階下の住人だったKO大学 SFC の学生クン、今はもう卒業して人に迷惑を掛けない社会人生活を送れてますか?

 今の住居では、とくに隣人トラブルらしいものは目立ってはありません。まあ、例えば隣家の持ち物、というか私から見ればほとんどガラクタのようなモノが共有部分に放置してあったりもしますが、ほとんど気にしていません。
 でも、神経質な人だと気になってしょうがないかも。

 して、ある夜子どもが突然高熱を出しました。
 わがアパートから救急病院までは歩いて 10 分余り掛かるのですが、とてもそんな時間を掛けて行けるほど悠長な事態ではありません。そして、不幸にもわが家にはクルマがありませんでした。
 そこでわが妻、なんと隣家の自転車をサッと無断拝借し、子どもを乗せて颯爽(?)と病院に向かいました。
 いやあ、母は強し!なんて感心してる場合じゃないってば。(笑

 ということで、われわれ一家は隣人の皆さんとは実に仲良くやってる方だと思います。(謎







2006年5月28日 (日)

バトン受けます!





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、今回は「オラ東京さ行くだ 200X」さんのバトンを受け取ってみることとします。
 そういえば、F1 レーサーにイケメンと評判のジェンソン・バトンという人がいますね。(関係なし

 では、おいらのバトンのはじまりはじまり。全 16 項目です。


  1. あなたは実家?一人暮らし?
    妻子と暮らしています。実家ではないです。
    ちなみに、今実家に帰ると私がいた部屋は物置になっていて入れません。(笑

  2. あなたの部屋には写真がありますか?
    子どもの小さいときの写真が数枚あります。
    ちなみに、PC の中には妻以外の女性と写った写真画像が入っています。(ぉぃ

  3. あなたの部屋の壁には何がかかってる?
    こどもの幼稚園のときの行事用に描き起こしたオリビアの絵が掛かっています。けっこうシュールでクールですよ。

  4. あなたの部屋にはぬいぐるみありますか?
    子ども用のものがいっぱいあります。つか、いいかげん整理しろや!(笑

  5. あなたの部屋にはマンガはありますか?
    子どもの月刊誌がありますね〜。私の愛読マンガは全部実家です。だから物置になってしまったんですね。(笑

  6. あなたの部屋にある機械は?
    PC(3台、うち2台は使用不可)、電子レンジ、炊飯器、パン焼き器、たこ焼き器。

  7. あなたの部屋でこれだけは負けないというものは?
    つい先日まで「人口密度」だと思っていたのですが、隣の部屋にあっさり負けました。完敗です。(笑

  8. 寝てる時に周りに必ずおくものは?
    目覚まし時計。これは必須でしょう。(笑

  9. あなたの部屋は何畳?
    全部で 22 畳くらいでしょうか。リビングひとつでそれっくらいあれば理想的ですよね。(笑

  10. あなたの部屋は全体的に何色?
    ベージュがすすけて黄色っぽくなっています。

  11. あなたの部屋にはどんな家具がありますか?
    本棚、洋服タンス、食器棚、PC デスク、あとは小さめのテーブルが二三。
    人間様が納まる家具がいちばん少ないかも。(笑

  12. あなたの部屋で一番多いものは?
    子どものおもちゃとおいらの本でしょうか。

  13. ポスターははってありますか?
    ないです。さすがに子どものいる部屋ではカッコいいポスターは貼れないですね。

  14. あなたの部屋で一番目立っているものは?
    DK に置かれた自転車。だって盗まれたらイヤだしぃ。

  15. 部屋にこだわりはありますか?
    けっこう風水には凝ってるつもりですが、よく忘れます。(笑

  16. 部屋を教えてもらいたい人5人
    いきますよ。

    • 編集部の河内さん

    • 同じく、編集部の宮脇さん

    • FP ヒッシーさん

    • 岸部四郎さん(やっぱハズせないでしょ!笑)

    • 先日、IKEA に行った皆さん。IKEA で買ったモノでどれだけグレードアップできたかをぜひ知りたいです。





以上です。じゃあ、あとはヨロシクお願いします。(笑



2006年5月13日 (土)

小さなおウチもいいモンだ





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、先日のことですが、妻が突然具合が悪くなりました。
 新しい会社に転職したての私は、はじめからフルスロットルでトバして働いていました。そんな私の事情に気を遣わずに携帯メールでもくれれば早く帰ってやれたのにと思いました。

 でも、そんなときに頼りになったのはまだまだ小さなウチの子どもでした。

 病人食の代表(?)と言えるおかゆを作ってあげたり、重たいふとんを敷いたりしてくれました。ほんのこの間まで、いや今でも十分に甘えん坊なウチの子だと思っていましたが、イザというときは頼りになるモンです。

 そんなわが子と、妻と、そして遅く帰ってきた私は三人で川の字になって寝ました。

 新しいマンションに引っ越した折には、子ども部屋も与えられる予定になっています。わが子はベッドで寝られるのが楽しみとも言っています。
 でも、今の小さな部屋でも、わが子の優しさが至近距離で感じられた貴重な日でした。

 たとえ将来別の部屋で寝るようになっても、そんな優しさは忘れないでいてくれたらな、と思います。







2006年4月 7日 (金)

新学期・新年度の季節です。





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、わが横浜では桜もだいぶ散り、若葉が見え始めていますが、皆さんのところはいかがでしょうか。

 4月と言えば新学期・新年度ですよね。
 今年の実質の年度始まりは 4/3 の月曜日だったのですが、いつもの通勤電車がやけに混んでいました。そう、新入社員諸君で一杯だったんです。
 彼ら/彼女らは同じ方面の人たちで固まって出勤するようで、スーツの襟に揃いのバッジを付けている人たちがまとまって電車内の一区画にいる光景がよく見られました。

 ここ数年は、新年度でも通勤電車がそんなに混んでいた記憶がなかったのですが、今年の混み具合は久方ぶりのような気がします。やはり、景気が上向いた分新卒採用が増えたのでしょうか。
 そして、新人君たちの初仕事は花見の場所取りだったりしたものですが、今でもそういう習慣はあったりするのでしょうか。

 次に、新学期の話としては、わが子の新学期は 4/5 の水曜日からだったのですが、クラス替えでどんな子が来るのか、あるいは担任の先生は誰かが気になったりするものです。
 わが子は、前の学年で仲良しだった同級生たちとは何人かが別のクラスになってしまい、逆に学童で仲の良い子が一緒のクラスになったりということがあったようです。まあ、春に別れと出会いはつきものですからね。

 そして、新しい担任の先生はなんと!アフロヘアも誇らしい(?)B-BOY ふうの先生です。いやあ、いまどきの先生にはいろんな人がいるんですねぇ。私は早速わが子に「アフロ先生と呼べ」と焚き付けています。(笑
 そう言えば、「DJ 先生」なんてキャラが出てくる TVCF があったような。

 新入社員や進級の話だけじゃなくって、実は私の身にも、春を迎えて何かが起きる気配が濃厚になってきています。それも住宅ローンがらみでけっこう重大な事が・・・。
 それについては、追ってのエントリで明らかにしていくこととします。春を迎えてなお意気軒昂です。(謎



2006年3月18日 (土)

「ピザおいしかったよ。」





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、おとといの 15:00 頃、妻が急な仕事で帰りが遅くなるとケータイに突然連絡がありました。

 このとおり、わが家は共働きのため、小学生の子どもを学童保育(以下、学童)に預けています。
 いつもはそれほど帰りが遅くない妻が学童まで子どもを迎えに行くのですが(最近小さな子どもを標的にした犯罪が多いので、親が迎えに行くことが原則義務付けられています)、当日は私が仕事を早めに切り上げ、迎えに行くことになりました。

 だけど、晩ごはんはどうしようかな。
 そこで私は、職場にいる間にネットで宅配ピザを時間指定でオーダーすることにしました。オーダーしたのは、ドミノピザのアメリカン・スペシャルMサイズ。
 帰る時刻になるとあいにく外は雨です。これは早く迎えに行かなくちゃ。

 19:30 頃に学童に到着。遅くまでいてくれた指導員さんにお礼を言って早々に引き上げます。「きょうはママがいないから、晩ごはんは特別メニューだよ」なんて話しながら二人で家路に就きました。
 家に着いたら、ネットでオーダーした配達希望時刻の 19:45 にそろそろなろうとしていました。や、もし先に来ていたりしたらどうしよう。でも、それから数分後にちゃんとピザはやってきました。
 雨の中ご苦労様です。

 早速、まだアツアツのピザに二人で食らいつきます。子どもはとても満足そうです。一緒にオーダーしたオレンジジュースもいっぱい飲みました。
 それから、ママはまだ遅くなりそうだったので、子どもは歯を磨いて先にオヤスミです。

 結局、妻が帰ってきたのは 23:30 頃でした。いやあ、彼女も大変です。

 私は昔、ショッピング・カートという Web システムを作ったことがあります。ほら、ネットショッピングでよくある「カートに入れる」「買い物カゴに入れる」という仕組み、あれです。
 その頃はまだまだネットが十分に普及していなかったので、海外のサイトから元のプログラムを入手して担当業務用に作り直していました。

 そのときの、元のプログラムのサンプルが、なんとオンライン・ピザストアだったんですね。
 当時は電話回線を用いたダイヤルアップ・インターネット接続が一般的でした。ですので、早さ(速さ)と鮮度が求められるピザのオーダーのような用途にはまだまだネットは不向きでした。そんなサンプルを見ながら「マジかよコレ」「ありえねー」なんて思っていたものです。

 しかし、今まさに現実として、職場でピザを注文し、それを家で食べるということができるようになりました。いやいや、時代の進歩ときたら凄まじいです。個人的には非常に感慨深いですね。

 でも、マンションに引っ越したら正面玄関はセキュリティが掛かりますので、宅配ピザなんてどうするんでしょう。管理人さんに引き取ってもらうか(食べちゃだめだぞ!)、もしくはオーダーした人がわざわざ取りに行くのでしょうか。

 ・・・な〜んてことを考えてみても、私は、とっさに利いた機転(と、自分で言ってりゃ世話ねぇって。笑)と、そしてそれに満足してくれた子ども(もちろん、私も満足でした)のことを考えて、あ〜またちょっとした幸せな気分だったなぁと思ったりしたものでした。
 宅配ピザばっかり食ってりゃ家計はもたないかもしれませんけどね。(笑


宅配ピザのドミノ・ピザ






2006年3月 7日 (火)

新年度の子ども会班長になってしまいました!





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、そろそろ新年度が近づき、人によっては異動などを理由に引越しをされる場合もあるかと思いますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 実は、私は新年度からの子ども会班長に任命されてしまいました。
 子ども会班長の役割は、町内会の中にある小さな地区分け「班」に住む小学生の子どもたちを集めた新入生歓迎・クリスマスなどのお楽しみ会や、夏休みの朝のラジオ体操を仕切ったりすることです。
 日頃から近所付き合いを大切にしたいと考えているわが家族としては、とうぜん受諾しました。

 ところが、受諾した時点で、今年の年末にマンションに引越しすることをすっかり忘れていたんですね。ありゃりゃ。これではクリスマス会に影響してしまいます。

 でも、住む町自体は変わらないので、班の「飛び地」がわがマンションに一つできるというかんじでしょうか。
 マンションに移ったら移ったで、今度はマンションの子ども会の幹事になってたりして。(笑


2006年2月19日 (日)

学歴社会と、子どもの受験(2)





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、進学・進級の時期が近づき、妻はわが子を塾通いさせるべきかどうかの話を私に対し最近よくするようになりました。

 実は、私自身は英会話塾以外に塾や予備校というものに通ったことがなく、塾のことはまるでわからないんですね。ですので、情けない話なのですが、塾の選択にあたっては学習塾・予備校のどちらにも通ったことのある妻の経験と知識と情報収集力に頼らざるを得ません。
 もちろん、今後払っていくべき住宅ローンと教育費用との兼ね合いも大事なことになります。

 ところが、きょう「女日雇い研究者の日記」さんのエントリを読んで、う〜んと考え込んでしまいました。
 一部引用してみることとします。

私の通った高校は旧制中学の伝統を謳っていた高校で、高校3年間で広く教養を身につけることを第一に置いていた。だから、文系理系も全員、物理が必修だったし、理科は全員なんらかの形で4科目やることが義務づけられていたし、理系でも歴史が必修だった。また数学も代数幾何、基礎解析が文系でも必修だった。

(中略)

大学に入ることが簡単になって、小学生の時のちょっとの我慢とお金で私立の一貫校に入って、受験に必要なことだけやれば、凡人でも東大卒という肩書きが得られたり、医者になれたりする世の中だからこそ、もっと広い知識と教養を身につけるようにしようという流れがでてきていいと思う。高校の時はかなり損をしたと思ったが、高校で身に付けた教養は今、私にとって財産である。


そうなんですよ。このあたりは私もよく理解できる部分です。

 私の時代の高校教育は、目指す大学の学部が文系か理系かを問わず、数学や物理、あるいは古典文学や世界史は必修でした。お笑いケーザイ学士(何)の私も高校時代は三次積分まで学びましたし、また、物理もしっかり勉強させられました(物理は非常に苦手でしたが)。その他、統計学なんてものもやらされたと記憶しています。
 ここまでディープな学習を学校でやっていれば、塾や予備校に行かなくたって十分な受験勉強になったんですね。

 対して今の子どもたちは「ゆとり教育」制度(見直しが叫ばれていますが)の下、十分な学校教育が受けられなくなった分を塾で補おうとします。そのために、塾の学習スケジュールから遅れた授業をする学校の教室では、成績は悪くないのに授業中は所在なさげにしている生徒も多いと聞きます。じっさい、わが子の同級生の中にもそういう子どもたちがいるんですね。

 何か間違っているな、と思うのは私だけでしょうか。

 高校時代までをファンダメンタル(土台的)な教育の場であるとすると、実はそのファンダメンタルの範囲は元々かなり広い範囲に及ぶんじゃないかと思うんです。違う言い方をすれば、広い範囲の教育を介さないと、生徒たちが、大学に行って究めたいと思えることを見付けられないんじゃないかと。
 最近のように、表層的な内容に終始する学校教育と、受験テクニックを身に着けさせる学習塾といったカリキュラムでは、大学で本当にやりたいことを見付けるための助走期間としてはあまりにも貧相という気がしてなりません。そういう状況下では、子どもたちが難関大学に入った途端に燃え尽きてしまい、何をやってよいかわからなくなるというケースも仕方がないと言えます。

 私は、大学時代は一般教養科目(最近では総合学習科目と言うんでしたっけ?)を実に退屈だと思っていましたが、なぜなら、そういう科目についての学習は既に高校時代でほぼ終えてきたという意識があったからです。まあ、それもどうかとは思いますが、大学とはやはり、本来の存在意義は専門を究める場であることに違いありません。

 わが子が将来大学に通うとしたら、そういう「究める場」であることが理想的ですが、昨今の大学においては、それも旧国公立のかなり優秀とされた大学においてさえ、高校時代の補講を行うところもあると聞きます。
 ぜひ、わが子が大学進学する頃までに、そういう歪んだ学習状況が改善されることを切実に願うものです。



2006年2月 6日 (月)

学歴社会と、子どもの受験





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうはZ会 はてなダイアリー ver. のエントリを読んでいろいろ考えたことを書いてみます。
 そもそも、学歴社会って何なんでしょう?
 受験戦争真っ盛りの頃は「みんながみんな東大に行って、官僚や一流企業の事務方になったら、生産活動は誰がやるんだよ?!」と、若かった私は真剣に考えたことがあります。
 そういう私も、しかし、お笑いケーザイ学士(何)という文系出身者なのですがね。

 冒頭で紹介したエントリに、印象深い一節があります。少し引用してみます。

とある大手企業の人事担当者から、こんなことを言われたことがあります。

「うちの企業の応募者数、予定採用者数よりン百倍とかなんだぜ。エントリーシートの段階で客観的にわかる基準、学歴の他に余りないじゃん…」

これもこれで運用上の事実です。

ただ、その人事担当者は、こうとも話していました。

「でも、学歴がないから、といって、他のところを見ていないわけではない。アピールポイントの評価が他と余り変わらなければ、学歴で見てしまわざるを得ないだけで。学歴バカは会社をダメにするので、学歴がなくてもしっかりアピールしてくる人はしっかり採用している。そういう人が実際問題余りいないから、どうしても学歴偏重に見えてしまうだけで…」


 就職活動も、そしてその過程に必ずある採用面接も、今ではすっかりマニュアル化してしまっていて、採る側も採られる側も型通りの選考プロセスにしか臨めなくなったという話をよく聞きます。上記の人事担当者の弁の後段の部分は、そうしたあたりへの後ろめたさをごまかしたと(意地悪な見方をすれば)取れなくもなさそうです。

 ちなみに、私はあまのじゃくなので、転職にあたってはできるだけ自分の個性や得意分野を強くアピールするよう心掛けて採用面接に臨んだつもりでした。まあ、じっさいは何社も落ちたのですが。(笑
 中途採用の場合、学歴はほとんど関係なく、やはり社会人としての実績が評価の対象となります。
 そう考えると、本当に大切なのは学歴でなく、できるだけ早く社会に飛び込み、そして実践的な経験をどれだけ積めるかなんじゃないかと思えてしまうのです。

 とはいえ、「学歴」と言うといやらしいコトバの響きがあるのですが、「知識」を得るために大学へ行くという態度は逆に望ましいと言えるのではないでしょうか。
 「好きこそモノの上手なれ」という言葉がありますが、少年少女たちが本当に好きなこと、心底打ち込めることを持っていて、それについての知識をより深めるために大学に行くのならば我々大人たちは大いにサポートする余地があると思うのです。

 私も、子どもの教育については、そういう姿勢で臨みたいと思っています。
 今わが子は、テレビの動物関連の番組が大好きです。もし今後、生物や地球環境についてより知識を深めたいという意欲が出てくるようであれば、ぜひともそれを究めて欲しいと思いますし、親としてもできる範囲でサポートをしていくつもりです。

 少子化によって「大学全入時代」が訪れると言われていますが、私はむしろ、学生の獲り合いに負けた大学はカリキュラムや教育施設に掛けるコストを抑えざるを得なくなり、よってそういう大学は教育の場としての魅力をどんどん失い淘汰されていくのでは、と考えています。
 ですので、最終的に淘汰されて残った大学に入るための受験対策は相変わらず必要とされると思います。

 受験と住まいのコストの関係については、別エントリで書いてみるつもりです。



2006年2月 1日 (水)

「ケータイと IT で子どもの安全を守る」は正しいか?





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、きょうは私が愛読している NikkeiBP IT Pro の記事「ケータイと IT で子供の安全を守れるか」からです。
 ちょっと引用してみることとします。

 「ただの防犯ブザーと比べればずっと頼りになります。うちの子が実際に使ったことはまだないけれど」。品川区の公立小学校に,6 年生と 1 年生の子供を通わせる A さん。昨年 12 月,学校から子供用の防犯ブザーが配られた。PHS の通信機能が付いており,子供がブザーを鳴らすと区役所の緊急通報センターにつながる。センターから保護者や学校,子供の周辺に住む地域住民などに連絡が入り,誰かが現場に駆け付けられる体制になっている。

 子供に携帯電話や PHS を持たせることに関して,親の心情は複雑だ。緊急時の連絡手段に使えるものの,子供が他人へ勝手に電話をかけたりメールをやり取りするのは困る。

 だが,広島県と栃木県で昨年 11 月から 12 月にかけて,登下校中の児童を無差別に狙った事件が発生。社会不安が高まる中で,保護者の認識が変わりつつある。前述の A さんも「こうした端末を子供に持たせなくて済むなら,そっちのほうがいい。でも今は,安全を最優先する時代なんだ」と感じている。品川区はこの防犯ブザー付き PHS を 12 月までに,区立小学校に通う全児童,1 万 1500 人に配布し終えた。


 これだけ子どもたちをターゲットにした犯罪が増えてくれば、防犯ブザーを持たせたいという気持ちも、私じしん子どもを持つ身として十分に理解できます。
 正直、上の記事にあるような「子供が他人へ勝手に電話をかけたりメールをやり取りするのは困る」なんてことは言ってられないという気がするくらいです。
 わが家族も今年はマンションに入居する予定がありますが、マンションの中、例えばエレベーターや階段などにも危険は潜んでいるのではないかと心配されます。

 ただし、あえてうがった見方をすれば、犯罪者の大人は、そういう機器を持つ子どもたちよりもハイテクに精通していることが容易に考えられるため、犯行の際に防犯ブザーや PHS などの機能をキャンセルしてしまうこともあり得るでしょう。
 あるいは逆に、操作をかく乱するためにそういう機器をわざと誤作動させるというような悪知恵だって働かせるかもしれません。

 かと言って、「じゃあそうしたハイテク機器は意味が無いのか」とするのも早計のような気がします。では、どうすればいいのでしょう。

 近年の少子化は、既に国家的な問題として捉えられるようになりましたが、その割に、例えば共働き/片親家庭への子育て支援、あるいは上で述べたような子どもたちの防犯といった手続きは後手に回りがちで、自治体の裁量にかなりの部分が委ねられているのも事実です。
 もちろん、地方自治を進めるという意味ではそれもありなのでしょうが、現状を見る限りでは、国家機関(政府・官庁など)は、そうした「面倒臭いこと」からあえて目をそらしているのではないかと邪推されます。
 例えば、省庁の肝いりで、犯罪者に容易に気付かれずに子どもたちが携行できるようなデバイスを開発するなどといったことがされてもいいのではないでしょうか。少子化が深刻と言うのであればなおさらです。

 とはいえ、冒頭で引用した記事の終わりにも書かれていますが、やはり最後に頼りになるのは「向こう三軒両隣」という小さな社会なのではないかと思います。そういう付き合いが希薄になってきたことが子どもが危険に晒される度合いを高くしたとも言えそうです。
 ただしこれは、子どもたち、あるいはその親御さんをはじめとする家族たちじしんだけの問題ではなく、「向こう三軒両隣」を構成するはずの各家庭が自分たちのことしか考えなくなったという点も指摘しておかないといけないかもしれません。

 私がここで何度も言ってきたことですが、例えば大きな災害などがあったときにいちばん頼りになるのはやはり「向こう三軒両隣」であるのは間違いありません。ここは一つ、そうした近隣関係の見直しをするときかもしれません。そして、「向こう三軒両隣」から徐々に防犯への輪が地域全体へと広がっていくようであれば理想的です。







2006年1月26日 (木)

子ども部屋をどうするか





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、昨晩わが子が、ニンテンドー DS をプレイし過ぎてカミサンにオコられていました。
 プレイしていたソフトは、今や子どもだけでなく大人にも人気と言われている「おいでよ どうぶつの森」です。サンタさん(つまり私です)のプレゼントとして昨年末にもらったものです。
 サンタさんもプレイしたいというのが見え見えですね。(笑

 わが家では、いちおうのルールとして、ゲームをプレイするのは一日あたり 30 分まで、さらにそれ以外に宿題や勉強をきっちりやるということを決めていました。しかし、昨晩わが子は勉強の条件はクリアしたのに DS を1時間以上もプレイし続けたため、カミサンおカンムリとなってしまったわけです。
 まあ、私じしんも「どうぶつの森」をやりたい身としては、そんなにオコらなくてもいいだろうにとは思いましたが、約束を守ることも大事ですので、その場はあえて厳しいパパに徹することとしました。
 とはいっても、「どうぶつの森をサンタさんに返しちゃうからね!」と言ったくらいなのですが。(笑)それでも効果はあったようです。

 ということで(何が?)、本題です。

 子どももやがて思春期を迎えるにあたり、親から独立したいという欲求が高まってくることが考えられます。もちろん、一人前の社会人になるまでのステップの中でそれは外せない通過儀礼だとも思うのですが、だからと言って、この時期にやっておくべきことも多くあるはずです。
 問題は、そういう「やっておくべきこと」について、どれくらいまで親として干渉すべきか、という点なのですね。

 私としては、せっかく子どもが独立しようともがいているのだから、それに任せてみるのもいいんじゃないかとも思うのですが、反面、仮に独立した子ども部屋を与えたとして、中で何か怪しいことをやらないかどうか気掛かりになってくることも考えられます。

 私も少年時代は、ささいな事で親と衝突するときが多々あり、そんなときはよく自分の部屋に引っ込んで当時のヒットソングを大音量で掛けてたりしたものでした。また、元々カギの付いてなかった部屋に、ホームセンターからカギを買ってきて付けたなんてこともありました。まあしかし、それっくらいのカギではオヤジのひと蹴りで開いてしまうのですがね。(笑

 そんなこんなで、これからマンションのレイアウトを考えるわけですが、子ども部屋のことが気掛かりになってきているきょうこの頃です。

 子ども部屋に関する皆さんのご意見を、トラックバックやコメントでいただけますとありがたいです。よろしくお願いいたします。






2005年12月 4日 (日)

子どもに安全な住環境を





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、ここ数日の間に、幼い子どもが犠牲となった凶悪な事件が立て続けに起き、オヤジの身としても非常に心を痛めているところです。子どもたち本人の苦痛や無念さはもちろん、親御さん、親戚・親族の方、学校関係者、ご近所の方々の心痛は察して余りあります。
 さらに昨日 12/3 に放映された「世界一受けたい授業」(NTV 系)に出てきた犯罪の起こりやすい場所についての解説は、非常にショッキングな内容のものでした。おそらく、Smatch! 読者の皆さんの中でも同じ番組をご覧になり、そして不安を抱かれた方も少なくないのではと察します。

 住宅購入にあたっては、とくに子どものいる家庭にとっては住環境が気になるところでしょう。もちろん、それ以外にも子どもが通うことになるであろう学校そのものの評判など気になる点はたくさんあると思いますが、これだけ事件が頻発すると、やはり子どもの安全を確保することが最優先と捉えられてきているのではないでしょうか。

 最近あった事件では、学校による監視の落ち度を非難するむきもあるようですが、やはり学校の体制の下で教職員よりもはるかに人数の多い生徒たち一人一人の安全を確保するのは現実問題として非常な困難を極めるはずです。とはいえ、いくら学校が注意喚起を行ったとしても、まったく落ち度のない生徒が犠牲になるというのではいたたまれません。

 住宅を購入される皆さんの場合、これまで住み慣れた地にある物件を購入するのか、あるいは見ず知らずの土地のそれを購入するのか私はよくわからないのですが、いずれの場合においても「近所づきあい」がガバナンスの面で重要なものとなってくるのではないでしょうか。例えば、町内会の会合や催し物には積極的に参加することによって、親子共々ご近所の皆さんに顔を覚えてもらい、日頃から気軽に挨拶を交わせる間柄になっておくことは非常に重要と思われます。
 そうすれば、例えば不審者が現れたようなときはいち早く情報を得られるでしょうし、また、何か不穏な動きがあった場合、あるいは不幸にして事件に巻き込まれた場合でも、ご近所の人々の協力が得られるかもしれません。

 過去においては「向こう三軒両隣」というコトバで表されるように、密接な近所付き合いの文化が存在しました。世界で最も小さな社会単位である家族の次に小さな社会としての隣近所というものに重要な位置付けがあったのは間違いありません。
 しかし、現在ではときとしてウェットな人間関係が求められるそうした近所付き合いは疎まれる傾向が強まり、とくにアパートやマンションでは隣室にどんな人が住んでいるのかさえ知らないといった状況が見られるようになりました。こうした状況が、犯罪者に対し隙を与えていると言えないでしょうか。

 私はマンション購入を決断しました。マンションに入居すれば、とうぜん管理組合などを通じた内向きなつながりは多少なりともできてくることでしょう。しかし、私はそれに加えて、マンション外の近隣の居住者の方々とも親しい関係を作っていけたら理想的だなと考えています。そうすることにより、お互いに助け合う環境が作られ、それが自警目的の、あるいは災害時の助け合いにつながることを期待するものです。



2005年12月 1日 (木)

子どもの教育について考えてみる





皆さん、こんにちは。ふじたやすしです。

 さて、小学生であるわが子の成長に伴い、進学のことを考えなくてはいけない状況になってきました。思わず通勤途中のキオスクで「週刊朝日」12/9 号を買い求め、その中の「名門大学狙うなら、この中高一貫校−合格者の伸びベスト30」なんて特集記事に目を通してしまうなど、しっかりオヤジしています。
 でも、余談になってしまいますが、先日トラックバックをいただいた Smatch! 編集部の宮脇さんがときどきコラムを執筆しておられるフリーマガジン「R25」の愛読者でもあるんですよ。(笑
 「中高一貫校」と言えばやはり私学が主流になると思うのですが、ローンの支払いを控えている身として、授業料その他が家計にどれくらいのインパクトを与えるのか、非常に気懸かりなところではあります。
 ウチのカミサンは、居住地域から通える距離にある各校のウェブサイトを手当たりしだい見て、進学実績や授業料などを調べたりしています。

 もちろん、進学実績という意味では公立でも優秀な学校があるのは言うまでもありません。ただし、公立の場合、まずは中学校の状況が気になります。
 とはいえ、仮に中学校が荒れていたとしても、結局は本人の努力と親の(主に精神面での)サポート次第なんですがね。

 もし中学受験をするのであれば、そろそろ塾に通わせねばならないというプレッシャーが徐々に周辺から掛かってきつつあります。「週刊朝日」以外に、受験を特集した雑誌別冊「プレジデントファミリー」なんていうものも軒並み売切れになるくらい市井の注目を集めているようです。
 なーんだ、みんな考えることは一緒なんだ。

 とは言っても、受験・進学の是非に関しては、Smatch! をご覧の皆さんの間でも緒論あることと思われます。どうか、そのあたりをコメントまたはトラックバックでお聞かせいただけますと嬉しいです。とくに、住宅購入は受験・進学にどう影響するのか?といった視点でご意見をいただけますとなおありがたいです。



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ふじたやすし

ふじたやすし

昭和40年生まれ。妻および小学生の子ども一人を持つ一家のオヤジ。社会人になって以来一貫してIT畑を歩む。40歳になった2005年に、人生ン回目の転職を敢行。しかも、マンション購入に踏み切る事態に……。


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